NOW企画 現代髪学事典  


泌髪関係最新の研究
抗がん剤での脱毛の予防


●平成3年8月
 

はじめに

  抗がん剤は多くの副作用をもつが脱毛もその1つである。

  黒髪は女の命。男性でも束になって抜ける脱毛に少なからずショックを受けるが、頭髪のことよりも治療を最優先せねばならない。事前に脱毛する事実を伝えた上で投与を開始するのが普通であるが、こうした患者の気持ちに少しでも応えようと思う。

  当科ではテタリスを使用して脱毛予防を行っているので、その方法と効果について述べる。

がんの治療方法

  がん細胞は正常な細胞より増殖が早くかつ無秩序・無制限に増殖を繰り返して大きくなり、正常な組織・臓器に浸潤していく。

  がんの治療は、外科療法(手術によるがん細胞の除去)が第1選択となるが、放射線療法や化学療法(抗がん剤による治療)等も併用し、がん細胞の根絶を図っている。

抗がん剤の作用と脱毛

  抗がん剤の多くは点滴等により体内に投与され、血液により体内の隅々までに行きわたる。そして、細胞分裂のスピードが早いがん細胞に入り込み、核の中の遺伝子であるDNAを破壊することによってその分裂・増殖を阻止する。

  分裂するスピードの遅い正常な細胞は、DNAが傷つけられても酸素の働きによって元に戻ることができると言われ、抗がん剤の影響を受けることが比較的少ないが、正常な細胞でも発育増殖の盛んな骨髄や臓器または毛髪はダメージは大きく、この結果、白血球減少、貧血、嘔吐そして脱毛等の副作用が引き起こされる。

  抗がん剤による副作用は重要な問題であり、治療に際して十分注意を払いまた対処しているが、こと脱毛に関しては“再生する”“命に別状はない”等という面で対策が遅れており、また確立した方法もないのが現状である。

  しかしながら、患者(特に婦女子)の関心は高く、脱毛したときのショックは図り知れず、以後の治療にたいする姿勢にも影響を与えることにもなりかねない。

  抗がん剤により、毛母細胞は障害を受け、その成長を中断・抑制され脱毛する。一般的に脱毛の発生は、癌の化学療法の投与2週間後で、特にその後の1週間が顕著である。

  脱毛の程度は薬剤の種類、投与量に左右されるが、同一条件下に於ても個体差によって異なるので事前の推測は難しい。いずれにしても、どの抗がん剤でも脱毛は起こるものと承知しておくべきだろう。

  頭髪のみならず、眉毛や腋毛などの体毛にも脱毛は起こるが、これらについて調べたことはない。

  抗がん剤による脱毛は、急激に発生し、しかも多量に抜ける。この脱毛は、頭部全体に発生するが、特に前額部から頭頂部にかけてが著しい。一般的な脱毛で薄くなるパターンとよく似通っていることは興味深い。

  毛髪は3ヵ月もすれば再生するが、1ヵ月に1センチ位しか伸びないので、生え揃うまでには半年から1年もかかり、その間はカツラでしのぐしかない。

  健康時に於ても髪は毎日抜けるし、体の栄養状態が衰えたり、代謝機能の変化によって脱毛は起こるので、脱毛をすぐ抗がん剤の副作用に結び付けるのは早計である。

  抗がん剤により抜けた髪には、毛根が尖っていたり細く変化した毛(萎縮毛)が多く見られ、成長期性脱毛anagen sheddingの特徴を示す。毛母細胞に対する障害が軽い場合には、成長期より急速に休止期に移行し脱毛する休止期性脱毛teloge sheddingとなるが、毛根の形状は棍毛で、正常の脱毛と同じであるので区別は難しい

  頭髪はやがて再生するが、初回は産毛状の場合が多いようだ。

  専門外であるが、これらを見ていると抗がん剤の脱毛は円形脱毛が頭部全体にできると考えれば良いだろう。

脱毛の予防方法

(1)頭部冷却法

  従来より行われている、脱毛予防方法に頭部冷却方法がある。

  これは、抗がん剤の頭部への影響を抑えることを目的としている。即ち、頭部の毛母細胞での抗がん剤の取り込み量を減らすために毛細血管を収縮して血流を抑えようとする考えである。

  そのため、器具や氷を用いて頭部全体を20℃前後に冷却・保持する。

  同様な考え方として、頭部を締め付けるという方法もあるようである。

  一般的に育毛剤は、頭部の毛細血管の血流促進や血管拡張を主な作用としているので、頭部冷却法とは全く逆の作用を行うわけである。

  抗がん剤の作用特性のため、頭部冷却法による血流の阻害は点滴・注入時とその前後30分間程度で良いとされている。

(2)当科に於ける脱毛予防法 −テタリス−

  当科に昭和59年(1984)、タンパク質を主成分とした三恵製薬(東京都港区南麻布)のテタリスが持ち込まれた。既に市場に育毛剤として出ていた商品であったが、試してみると抗がん剤による脱毛の予防にも効果があることがわかった。

  作用機序ははっきりとしていないが、血流を促進する成分は入っていないので、抗がん剤の毛根への取り込み量を増やすことがなく、毛根に栄養(タンパク質)を供給することにより毛母細胞の障害が最小限に抑えられたと考えられる。但し、抗がん剤の投与後では効果がほとんど認められなかった。

  当初は液体のローションタイプを使用したが、更に高濃度に改良されたクリームタイプを用いて試用を継続した。

  基本的な使用方法は、
1…投与の2日以上前よりクリームを1日3回(朝、昼、就寝前)各1チューブを目安として頭皮全体に擦り込む。
2…これを顕著な脱毛が収まるまで、3週間位は継続する。
3…その後は、脱毛状況に合わせてクリームの塗布回数を減らしたり、ローションとの併用で対処する。軽度の脱毛であれば、ローションのみでも良いだろう。

  洗髪については、体調さえ良ければ制限していないが、抗がん剤は皮膚障害も起こすことがあるので刺激の少ないシャンプー剤(当科ではテタリスシャンプーを使用している)が好ましい。

  当泌尿器科の患者24名に行った結果では、普通では50〜90%脱毛するのに対し、ほとんど抜けなかった5名を含む17名(70%)の患者は30%以下の脱毛であった。しかし、7名(30%)は70%程度の脱毛が発現した。

  抗がん剤の投与は繰り返し行うことが多く、その投与量や種類など治療方法が異なる上に、個人差もあるので、効果の比較は難しいが、患者の満足度は高い。

  また、他の病院施設でも同程度の効果が得られているようである。

  投与後では脱毛予防効果は認め難いが、脱毛後に使用した例でも、かなり正常に近い状態で発毛したとする意見も聞かれた。

  この方式は、治療中は継続が必要で、金銭的な負担もさることながら、投与後の体調の優れない時でも塗布を実施せねばならない。塗布のもどかしさ、ベタ付きによる不快感等の問題もあり、患者本人のみの問題と捕えず、家族や医療施設も含め周囲の暖かい看護が望ましい。

  近年、がんの治療効果は、早期発見や治療法の向上に伴い、年々上昇している。治療のみならず、その後のクオリティ・オブ・ライフも重要視される今日、脱毛予防対策も必須となってくるだろう。新しい方法やその効果も増強されるであろうが、万全を期するのは難しいだろう。

  脱毛を恐れるあまり、適切な治療を逸することのないようにしていただきたいと思う。

 
 
  Contact: nito@210md.com
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